「小児科キャリアをもっと知りたい!」という熱い思いを胸に、全国の小児科医の先生方にインタビューさせていただきます!様々な現場で活躍される先生方の声を通して、小児科を志す私たちのこれからを考えるヒントにできればと思います。
今回インタビューさせていただくのは、シンシナティ小児病院・山田慎吾先生です。
日本で小児アレルギーの臨床医として研鑽を積まれてきた先生が、アメリカで基礎研究をするに至った経緯を伺いました。キャリアのどこかで留学を考えている方にとって、ヒントとなるお話がたくさん詰まっています!
これまでのご経歴について
Q.小児科を目指したきっかけを教えてください。
単純に昔から、子どもが好きというところでした。大学生になるまでに、親戚などの年齢の小さな子どもとのかかわりを通じて、子どもは可愛いな、子どもと触れ合うのが好きだ、将来はできれば小児に関わる医療をやりたいなと感じました。医学生になったばかりの頃は、ドラマで見るような手術をしたいという気持ちもあり、小児心臓外科や小児外科に興味を持っていました。しかし、病院実習を行う中で、子どもを診るとなると、“小児科”が当然ながらメインとなってくるので、“小児科”と“小児外科”をどちらも選択できる病院を初期研修先として選択しました。
実際に研修医になり、救急外来で小児の患者さんがいらっしゃると、自分が診させていただきたいと同期や先輩にお願いし、対応させてもらいました。そんな中で、自分が医師としてやりがいを感じるのは、成長や長年にわたる変化を見ていける子どもたちであり、やはり小児医療が好きだなと再認識することができました。
Q.子どもが好きというのが前提にありつつも、最終的な進路は研修医になってから決められたんですね。小児外科ではなく小児科に進むことにした決め手はありますか?
私が初期研修をさせていただいたのは、三重県立総合医療センターという三重県の中では比較的都市部の病院でしたが、三重県の画期的な研修制度のおかげで、1ヶ月間は三重大学病院小児外科で研修する機会がありました。医学生の頃に見ていた目線とは異なり、現実的に自分が外科医として働いていくことを想像する中で、小児外科医として自立するにはかなりの時間がかかること、成人領域の研修も積む必要があること、などを知りました。当時の私は、早く一人前になりたい、できれば小児のみに対応したい、と思っていました。一方で、大学時代からずっと一緒に研修を過ごした同期が外科に進むことを知り、他の分野で貢献したほうが、お互い協力し合って面白いのではないかという気持ちもありました。


初期研修病院の小児科研修では、指導医のサポートを受けながら、初期研修医が担当医をさせて頂けるようなシステムでした。小児患者さん、その保護者の方の対応をする中で、医師になって初めて本当の意味で患者さんに頼っていただけたような気がしました。医学生の時には内科研修は見学することしかできず、面白みを感じることができませんでしたが、研修医になり、自分のような若手でも「やれることが多い、患者さんの役に立っている」という感覚を持てたことがすごく大きかったですね。
Q. 小児科に決められた後に何を専門とするか?ということに対しては、どのように進まれていったのですか?
小児科専門研修の最初は、新生児医療に興味を持っていました。きっかけは、初期研修医として小児科を3カ月間研修する中で、NICUの患者さんを担当させていただく期間があり、本当に小さな体に点滴、気管挿管、PIカテーテル*の留置などを経験させてもらいました。小児科といっても、とても繊細で、技術のいる手技がたくさんあり、その手技がそのお子さんの予後にとても大きくかかわることを学び、手技が好きだった私は新生児をやろうと思っていました。
*末梢静脈から挿入する中心静脈カテーテルで、安全かつ長期的に留置ができる。新生児用はより細い。
現在の小児アレルギーという領域に進むことになったのには、後期研修での様々な経験や出会いが影響しました。三重県の後期研修プログラムでは、①白血病などの血液・腫瘍疾患、先天性心疾患を経験させていただく三重大学病院、②NICUで超低出生体重児など新生児医療を経験させていただく三重中央医療センター、③感染症・アレルギー・慢性疾患を経験させていただく三重病院、④一般小児科疾患を経験させていただく各地域病院、の4施設を順番に回る研修制度がありました。
各病院で研修を行う中で、医師6年目の時に出会ったのが、国立病院機構 三重病院の藤澤隆夫先生でした。今となってはこれが自分の人生を分ける出会いとなりました。当時は三重病院 院長、日本小児アレルギー学会の理事長をされていました。日本の小児アレルギー分野のトップランナーが、三重県のような田舎の病院にいるのだと衝撃を受けたことを覚えています。そんな折、「臨床研究をやってみないか?」とお誘いをいただいて、食物アレルギーを持つ乳児に対する経口負荷試験の研究を始めました。
20~30年前までは、食物アレルギーが判明した場合、「食べないでいれば自然に治る」という考えが主流でしたが、「少しずつ食べた方が治る」ということがわかるようになってきた時代でした。そこで、乳児でも安全に食べ始めることができるように、「乳児のための安全な食物経口負荷試験」を確立したいということで、乳児の食物経口負荷試験についての研究に取り組みました。初歩的なExcelの使い方、Prismによる図の作り方、医療統計などを長尾みづほ先生に丁寧にご指導いただき、論文を書く際にも藤澤先生にたくさん訂正を頂きながら、なんとか書き上げることができました。最終的に小児アレルギー学会雑誌に掲載いただいた時はとても嬉しかったですし、自分の医師人生に大きな影響を与える出来事であったと思います。
臨床においても、手術、手技などの面白さには未練はありましたが、徐々に自分の中で考えも変わっていき、プライマリーケアに関心を持つようになりました。そんな中でも、日本人の2人に1人が罹患しているといわれるアレルギー疾患はcommon diseasesであり、困っている小児がとても多く、アレルギー診療に関わることはやりがいがあると感じるようになりました。加えて、他県からは研修に来られる若手の先生がたくさんいるのに、三重県内で自分の近い世代で小児アレルギー診療を志す人がいなかったことから、藤澤先生が築かれた三重病院の小児アレルギーの歴史をこのまま無くしてしまうのはもったいないと思い、飛び込んでみることにしました。

藤澤隆夫先生、長尾みづほ先生のもとで、小児アレルギーを学びたい若手の先生が研修に全国から来ています。研修希望の方はFacebookページからお問い合わせください。
Q. 研究を始める前までは、研究に対してどのような印象を抱いていましたか?
それまで臨床にしか興味がなく、学会発表や論文の何がすごいのかもわからず、研究に興味も持っていませんでしたので、臨床研究も前向きな気持ちで始めたわけではありませんでした。(本当に今となっては申し訳ないです)しかし、実際にやってみると面白かったですね。自分が予想するような結果が出てきた時の何とも言えない嬉しさ、きれいに図表をまとめられたときの達成感、論文が掲載されることの喜び、は経験してみないとわからないことだと思います。今の私が学生さんに声をかけるなら、「食わず嫌いせずに、時が来た時に一度研究をやってみたらいいよ」と言いたいです。やってみて面白くなかったら、それ以降は臨床に専念してやればいいわけですからね。
Q. 現在も研究留学という形でアメリカにいらっしゃいますが、どういった経緯で行かれたのですか?
藤澤先生の指導の下で「小児喘息患者における呼吸機能の経年的推移」に関する英語論文で大学院の学位を取得させていただきました。これからの自分の医師像を想像する中で、藤澤先生を始め、多くの高名な先生方を見ていると、共通して海外留学を経験されていました。自分自身、昔からアメリカに住んでみたいという夢もあったので、どこかのタイミングで海外留学できないかな、と考えていました。医師7~8年目頃から考えていたのですが、コロナウイルスのパンデミック、アメリカにおける研究費の縮小政策などもあり、なかなか留学先が決まりませんでした。そのような状況下で、私は学会発表に力を入れ、様々な先生とお知り合いになることができました。つながりが広がる中で、なかなか留学できない現状を相談すると、成育医療センターの森田英明先生が研究室を紹介してくださったのが、現在の上司である正田哲雄先生でした。
現在、勤めているシンシナティ小児病院の正田ラボでは、主に好酸球性消化管疾患(EGID)についての研究を進めています。日本では難病指定もされており、10年前と比べて食道炎で約2倍、下部消化管炎で約10倍に増えており、今後も増加が予想されるような疾患です。まだ解明されていない部分も多く、興味深いと感じて、海外留学を決意しました。ただ、私はそれまで臨床医として働いてきたので、基礎研究の経験は全くなく、40歳手前でしたので、今振り返るとかなり思い切った挑戦だったと思います。

PI;正田哲雄先生(UJA学術・研究担当理事)、日本人研究者5名、アメリカ人小児消化器内科医2人の研究室です。長年にわたり全米No1に選ばれる小児病院である、Cincinnati Children’s Hospital Medical Centerにおいて、好酸球性消化管疾患の研究を行っています。
現在のお仕事や小児アレルギー診療について
Q. 現在は臨床はせず、毎日研究室に通われているのでしょうか?
基本は毎日出勤しますね。正田ラボではマウスではなく、食道上皮細胞などを使用し、好酸球性消化管疾患の研究をしています。また、オルガノイドといって、iPS細胞から食道上皮、胃上皮などを作製し、よりヒトに近い実験物を再現したものを用いて、好酸球性消化管疾患の発症や治療の研究を進めています。
Q. 研究環境として、日本とアメリカの違いはありますか?
一つは施設の規模が大きいことです。シンシナティ小児病院に関して言うと、隣接する成人向けのシンシナティ大学病院も合わせて、日本の大学病院研究施設の約3~5倍ほどの研究施設を持っています。加えて、研究費も日本とは1~2桁の額が変わるほど違います。研究を進めるには、どうしてもお金が必要で、日本でも、医師ならば、文科省、厚労省、各種団体から研究費を獲得することで、若手でも研究することができます。しかし、臨床を行いながら研究を行うことは、時間、労働力の面でも制限されます。日本も今後、医師の研究活動に関する考え方を変えていかないと、世界における研究面での遅れがより顕著になるかもしれないと感じました。
さらに、違いとして、アメリカでは女性の研究者の活躍が目立つように感じました。主任研究者も多いですし、研究員として勤務されている人数も多いです。ただ、育休・産休合わせて3ヶ月までしか取れない、保育園代は一か月30万近いなど、女性にとってはアメリカの方が日本よりも厳しい面もあるなと感じる部分もあります。
Q. ご家族も同行されているとお聞きしましたが、研究と家庭の両立は可能ですか?
アメリカ人の真面目な研究者は朝が早い人が多かったです。朝5〜6時にスタートして昼の2〜4時に終わるような人もいます。アメリカ人の感覚として明るいうちに家に帰って、家族や自分の時間を過ごすという考えがあるようです。私も同じように、朝6〜7時に行って夕方4〜5時には帰れるつもりで予定を組んでいました。週末には、2歳、6歳、8歳の子供を連れて、近隣の州に旅行したり、1週間ほどの休みをもらってディズニーランドに行ったりもさせてもらいました。家族が幸せでいてくれないと、なかなか仕事を継続することは難しいので、両立はもちろん簡単ではありませんけどね…
Q. ご家庭も大事にできるような環境なんですね。
日本への帰国が近いとのことでしたが、これまでアメリカで学んだものを持ち帰り、どのように研究を進めていきたいですか?
米国で経験した基礎研究を日本に持ち帰り、発展させることは、実際には簡単ではありません。まずは、研究費を獲得しなければなりません。もし研究費を獲得することができても、研究物品など環境の準備を行い、実際に研究を進めるとなると、かなりの時間がかかります。臨床医を行いながらこれらを並行で行うのは、かなり難しいと感じています。そのため、基礎研究を通して学んだ考え方を生かしながら、臨床研究をすることになると思います。アメリカに来る前から、「基礎研究をマスターして、日本でもやれるようにして帰ってきなさいというわけではない。基礎研究者がどのような考えをもち、研究費を獲得し、実際に研究を進めているかのシステムを実際に見るというのが大事だ。」と藤澤先生にも助言をもらっていました。
今回、海外留学を通して、そもそも医師ではない研究者としての仕事を経験できたという面で、すごく大きな経験になりました。これから日本で臨床医として勤務することになりますが、研究マインドを持ち、臨床研究を行うこと、さらには基礎研究をやっている先生方とコラボすることで一緒に研究を進めたいと考えています。
Q. 後輩や同期にはどのように還元・伝えていきたいですか?
私が正田先生を知ったのが日本小児アレルギー学会の「留学のすゝめ」というセッションだったので、今後は自分もそういった場で経験を伝えて還元していけたらと思っています。留学前には、金銭面、海外渡航の準備、英語など、様々な不安が付きまといます。自分の経験をお伝えして、そのような不安を少しでも解消できたらと考えます。以下の団体は留学を考える方のサポートになるでしょう。
Q. 小児アレルギーは日本の小児科の中でどのような立ち位置なのでしょうか?また、小児アレルギーという分野をやられている先生方は留学される方が多いのでしょうか?
小児アレルギーは小児科の中でも、かなりニッチな分野だと思います。例えば、アレルギー専門医でない小児科の先生でも食物アレルギーを診療し、気管支喘息に対する薬の処方を行って頂いています。そのため、私たち専門医が対応すべきなのは、一般的な治療では軽快しないような、重症な患者さんや専門的な治療の必要な患者さんたちです。また、最新のアレルギー診療情報を、地域に啓蒙することも必要です。さらには、より良い治療を選択するためのエビデンスを提供し、アレルギーを予防するための研究が必要になります。
小児アレルギーの分野での留学に関しては、コロナ禍でかなり減ってしまったようですが、現在は私が知っているだけでも毎年2~3人の先生方が新たに海外留学しています。しかし、日本の研究者全体として海外留学者が減っていることが問題にもなっているようです。これから海外留学を試みる人が、また増えるといいですね。
Q. アレルギーというのは子どもで発症しても大人まで付き合っていくものという認識があるのですが、小児と成人のアレルギーの違いや移行について教えてください。
私がいた三重病院は少し特殊で、病院内でアレルギー科が小児科として独立して存在し、小児・成人に問わず診療をしています。本来なら小児科では15歳になったら、内科に移行するという流れですが、そうではなく全年齢を診ていて、中には親子で来ている方もいました。
小児アレルギーにおける次の課題としては、いかに患者さんのQOLをあげられるかということを考えていかなければならないのではと思っています。例えば女の子であれば、小学生のときに軟膏を塗って安定したアトピーでも、高校生になって睡眠時間が減り、化粧をするようになるとまた悪化するというようなこともあるので、寝ているときだけでも軟こうを塗って、症状を落ち着かせ、昼間は化粧できるようにするといった年齢に合わせた治療も必要だと思います。
Q. 小児を診るうえで親御さんとの関わりも大切になってくると思いますが、診療で意識されていることはありますか?
アレルギー疾患では、わかりやすく説明すること、生活の一部に治療を習慣として組み込んでいただくように指導することが重要だと考えています。
例えば、食物アレルギーの診療においては、重症な患者さんはアナフィラキシーを起こすことがあります。アナフィラキシーを予防するために、どうしたら誤食を防げるか、少しでも安全に摂取できる量を増やせるか、ということを意識して患者さんと向き合っています。
また、小児アレルギー診療では特に保護者の方のご協力がとても重要です。というのも、子供さんが低年齢の間は、週に2~3回、決められた量を食べる治療のために保護者の方が準備してくれます。しかし、患者さんが大きくなり、一人暮らしをするようになって、保護者の方がやってくれたことと同じことを続けるというのは難しいですよね。その場合は、同じ量相当が入った加工品で代用できないかを考えたりして、どう生活の中に治療を組み込むかというのが大切になってきます。
未来について
Q. 次世代を育てるという点において、どのような若手医師・医学生が向いていますか?
小児アレルギーという分野では、自分にもアレルギー疾患があるという方は、患者さんの気持ちを同じ目線で共感してあげられるのではと思います。しかし、特に向いている、向いていないというのは、ないと思います。
小児科全般で言えば、子どもが好きなほうが向いていると思います。子どもが好きというのは大事な感性ですし、一緒に子どもと話をして、遊んで、アンパンマンを見られる人がいいと思います。
⭐️「子どもが好きで小児科医になっていいの?」という今回のテーマもそういった好きだからこその不安から来ています。同じような悩みを持つ学生に向けたメッセージをお願いします。
全然なっていいと思います!このまま少子化が続き、子どもが減る中で、一人ひとりを大事にしていきましょうという考えの中で、その子どもたちが成長した先の活躍を手助けできるというのはとても大きいと思います。自分が頑張ったことによるアウトカムが大きいというのが小児科の魅力の一つですね。
他にも超低出生体重児や白血病のような生命リスクがあるような重症な疾患に寄り添えるのは小児科しかいないんです。病気の時には、子どもさんは機嫌が悪くなったり、泣いたりすることも増えます。そのような面を考慮すると、「子どもが嫌い」だと、対応するのはきついのでは?と感じますね。
よく医学生さんに「子どもが好きだけど、だからこそ病気の子どもを見るのは辛い」と相談されることがあるのですが、私は「もしあなたが小児科医になって頑張ってくれたら、その子どもさんの80年を救うことができるよ」と伝えています。子どもが好きだからこそ、「子どもが健やかに育っていけるように貢献したい」、「人に任せるよりも、自分がその子の一助になる」、そう思ってもらえたらうれしいです。
ただ、学生のうちから、将来の頑張っている自分を想像できないというのは分かります。私も医師15年目になりますが、いまだに分からないこともたくさんあります。医師はAIではないので完璧にはできないし、日々の診療の中で一喜一憂しています。それでいいのではないかなと思っています。
加えて、学生さんにお伝えしたいのは、「目の前のことに一個一個しっかり向き合って、コツコツとStep upしていく」ということです。中長期的な目標を明確化して持っておくというのも、もちろん大事ですが、そちらにばかり気を取られると目の前のことができなくなってしまいます。藤澤先生から何度もいただいた言葉ですが、自分自身が身をもってそう感じています。
⭐️医師として人生をかけて作りたいものや目指したい姿はありますか?
私は奈良出身で大学も三重だったので、地域における小児科不足、偏在という課題は興味があります。自分のできる範囲で日々の小児診療を行いながら、三重県の小児医療を支えたい、もっと良くしたい、という思いがあります。加えて、「子どものアレルギーのことで困ったら山田先生に聞いたらいいかな」と言われるような存在でありたいですね。
研究面においても、海外留学して学んだ研究マインドを持ち続け、社会に還元できるような研究成果を出せればなと思います。医学系研究においては、基礎研究と臨床研究のトランスレーショナルな役割は、臨床現場を行う医師にしかできない研究だと思うので、後輩医師の研究へのかかわりを応援できるようにもしたいですね。
最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。もし小児アレルギー、海外留学に興味があれば、いつでもご連絡をください!
編集後記
学会発表に尽力されてきた姿こそ、「目の前のことを一つずつ積み重ねる」という姿勢を体現されていると感じました。
実際のラボでの研究の様子も含め、興味があってもなかなか伺うことのできない貴重なお話をご共有いただき、ありがとうございました!
