本記事は「『やらない』こだわり」というテーマに対して、ヨツバとのこのこがペアMTGを行い、それで得た発見や感想をまとめたものです。

のこのこ
地方市中病院研修医2年目 総合診療科志望 女性のなんでも相談屋みたいな家庭医になりたい。
正義感が強く理不尽なことが嫌いで上級医への反骨精神を秘めている。

テーマ設定の背景や目的を先に読んでいただけるとより楽しめると思います。

怒らない人

今回のペアMTGの相手であるヨツバさんはめったに怒ることがないそうだ。それは性格や性分のようなものという。以前受けたアンガーマネジメント研修では、怒りは期待と現実のギャップから生まれるものと教えられた。期待しなければ怒りも生まれないということである。ヨツバさんが怒らない理由も「人に期待していないから」だそうだ。

怒る人

一方私は、怒りを表に出して人にぶつけることはしないが、腹の中では怒りでいっぱいになることが時々ある。それは人に期待してしまっているからなのだろうか。

私が最近怒りを感じたのは上級医から「最近の研修医は遊んでばかりでいいね」と嫌味を言われたときだ。内心では「いや勉強会とか行ってますけど…」、「そもそも遊んでて何が悪い」、「昔の働き方を美徳とするなよ」など様々な怒りが湧きあがったが、カンファ中のことであり何も言い返せず弱弱しく「はぁ…」とつぶやくことしかできなかった。その後、しばらく悶々とした状態が続き上級医へのイライラが収まらずその日一日はまともに研修ができなかったと思う。

私がこんなにも怒りが募ったのは、上級医は指導者としていついかなるときも研修医の味方であるべきというようなうっすらとした期待があったのかもしれない。上級医が研修医の気持ちも考えず”最近の研修医は”という偏見オブ偏見でモノ申してきたことが、”上級医は研修医に対して誠意をもって接するべき”という期待との間にギャップがあったのだ。

それに加え、偏見をぶつけられたときに上手く言葉が出ず、何も言い返せなかった自分に対しても理想とのギャップがあった。上級医と自分に対する期待は現実とのギャップが大きく大きく怒りにつながってしまっていたのだ。

“怒らない”は感情ではなく手段

私は怒りという感情を大事にしてきた。それは、怒りを持たないということは自分の意思をないがしろにしてしまうと考えていたからだ。しかし、怒りを大事にするあまり研修に集中できないなど実害が生じては元も子もない。

怒らないために、人に期待しなくなるためにはどうしたらいいのか。ヨツバさんからこのようなアドバイスをもらった。
 まずは相手に言われたことを一回受け入れて共感を示し、そのあとに自分の意見をいうというものだ。感情的にならず、まずは相手の話を受け入れることでこちらの主張も受け入れてもらうという作戦だ。

 ”怒らない”というのを自分の主張を聞き入れてもらうための手段として利用するというのが私にはない発想だった。怒る、怒らないは私の中では感情としか認識できていなかった。今後、同じような場面があったときにはヨツバさんからのアドバイスをまず実践してみたい。
 
 ”怒らない”という武器を手に入れた私は、残りの研修医生活を無事に終えられるだろうか。


ひらめから記事への感想

怒らないというのを一種の意思表現とする考え方は新鮮でおもしろいですね。頭で納得はしていても実際に行動に移すとなると、ある程度の訓練が必要かもしれませんが、、、

対話は、キャリアの主食。

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